キジ猫の雑記帳

行き場のない野良猫の生活と意見です

再開する為のpretext(建設中)

まあ、響鬼の話を終わらせたいとdiaryの方にたまに書いていて、そのうちにdiaryがメインのメディアみたいになってしまったわけです。ジュブナイルもしくは児童文学の映像化に際してのリアリズムについて書く、書こうと、それが響鬼の終わりの話だと頭では決まっていたんですが、なかなか書きあぐねていたんですが、もう寝かしとくわけにもいかんなという焦りみたいなものが来たんで、とりあえず書こうと思いたって、ここで告知だけせんと書き殴ってるんです。

ただこれからのこのブログについてお断りしておきたいことがあります。多分、一つの記事・エントリーについて完結したものを、完結したから上げるという慣行は踏襲しないと思います。diaryの方で書きかけをあげて、放置して、何か来たら書き足す、完結することもある、みたいな文章の付き合いをしてきて、助けになったのは、放っとくと切れてしまうことになるログインしてなくても、urlへのアクセスだけで最新の履歴を、自分の思考の履歴の最終を確認できることでした。書く、それを考えて読む、そして、その続きを招きよせるためには、アカウントの中だけからは窮屈なのです。まあ普通は避けるんでしょうが。

そんなわけでこの先ここには書きかけの文章があがることもあります。終わったら何らか慣用句でもってその旨告知するかみたいな、加筆をするかと思います。


追記 だいぶ間が空いたので、一つのテキストにまとめるのをあきらめて、追記として続きを書いておきたいと思います。もう一つお断りしておきたいことがあって、書きあぐねて間が空いたのですが、それが何かといいますと、次の次第です。つまり、このブログでの物言いがPCにかなう、政治的に正しい側に居ようと気をつける努力はやめますよ、ということです。

そんなこと、今さら誰でも言ってる事なんですが、それがなぜかと言うならば、あとで触れるかもしれませんが、フェミニズムや反差別への疑念があるにはあるんですが、分断ありきをよしとしたくない、誰かの作った、もしくは既在の分断に、無分別に乗っ掛かりたくはないとかいうおかしな拘りを持ってしまうんですよ。